『遺体』

ステータス:読了
評価(最高が5つ星):☆☆☆☆
覚えておきたい言葉(引用):
家族は選んだ遺体の番号を警察官につたえ、一緒に目で見て確かめる。千葉や市の職員もこれに同行して、遺体を包んでいる毛布を取ったり、納体袋のチャックを開けたりするのを手伝う。家族は一様に表情をこわばらせながらついてきて、横たわる遺体が肉親でなければ大きな安堵の息を吐いて首を横にふる。だが、本人であることを確認すると、ほとんどの者が頭をかかえて崩れるようにその場にうずくまって声を上げる。激しくしゃくり上げ、冷たくなった頬を手でつかんでこう叫ぶのだ。
「ああ、うちの人です。震災の日以来ずっといなくなっていたんです」

開口器をつかって口をこじ開けてみると、津波の恐ろしさを目のあたりにした。歯の裏に黒い砂がぎっしりと詰まっていたのだ。大量の砂ごと泥水を飲み込んで窒息したにちがいない。喉の奥まで入り込んでいる。犠牲者の多くは泥水を飲み込んだことによる溺死なのだろう。

電信柱にしがみつきながら死んでいった遺体を支えていると、「この人、もっと生きたかったんだろうな。生きたそうな顔をしているな」と想像してしまう。自分と同じぐらいの年齢の女性が無念そうな表情を浮かべて死んでいると、「幼い子供のためにも死にたくなかったろうに……」と同情が増してゆく。一瞬でもこうした思いが頭をかすめると、胸の奥で抑えていた感情が噴水のようにたちまち溢れだして、頭を抱えて叫喚したくなる。そんなときは、一人体育館の裏に出ていき、胸に手を当てて何度も深呼吸をするようにした。

工藤は冷え切った遺体に触れては、こう語りかけた。
ーーいつかきっと家族のもとに帰れるからな。俺もがんばるから、もう少しだけ辛抱してな。

遺体は人に声をかけられるだけで人間としての尊厳を取りもどす。千葉はそれを重ねることで安置所の無機質で絶望感に満ちた空気を少しでも和らげたかった。

感想など:
震災・津波の遺体に接した人々の話をまとめた本。当地で遺体運搬や管理、葬儀を担当した人々は自身も被災している人が多いのに、その中で責任感を持って仕事にあたる姿勢には尊敬の念しかない。印象的だったのは、「いつかきっと家族のもとに帰れるからな」と遺体を探し、遺体を特定し、遺族を探す人々の思いでした。

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