『こんな日本でよかったね』1

内田樹さんの「こんな日本でよかったね」を読みました。
個人的に抱いていた関心や疑問がテーマになっていて、
それぞれの「解」も面白い良書です。
以下、引用(主に小田嶋隆氏の考えのようですが)。

☆

(前略)朝日新聞は先日から奇妙なコピーを掲げている。

言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。
それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。
ジャーナリスト宣言。朝日新聞

新大阪の駅でこのポスターを一瞥したとき、
私は肌に粟を生じた。
できれば、こういうことを言う人間には
言葉について語って欲しくない。
小田嶋隆先生は、このコピーについて次のような
たいへん厳しい指摘をされている。
ところで、朝日新聞がやっている「ジャーナリスト宣言。」
キャンペーンって、ちょっと変だよね。
「言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。
それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。
ジャーナリスト宣言。朝日新聞
」
 あれのCMをテレビで見ていると、微妙にはずかしい気持ちになる。
 なぜなんだろう?
 おそらく、朝日新聞社自身が、自分たちの「言葉のチカラ」を
信じていないように見えるところがイタイのだと思う。
 なにより、「言葉のチカラ」と、「力」をカタカナ表記にしている
ところがよろしくない。
コピーライターの心のふるえが露呈している、というのか、
斜に構えている感じがするわけだ。
「それでも私たちは信じている、言葉の力を」
 と言い切ってしまってから、
自分のセリフに照れている感じ、ですね。
 倒置表現まで使って大見得を切った以上、
照れるのはルール違反だと思う。ここは一番、
思いっきりクサく、ベタに、ポエム全開で信じ切ってやるのが
相手に対する礼儀だと思う。
 こういう場合でもカタカナ使用は、
「えっとつまり、オレとしては、キミをアイシテるわけです(笑)」
 ぐらいなメールを想起させる。
 微妙に腰がひけていて、口説いた相手に笑われた時に
「なーんてね。冗談冗談」
 と、安全に撤退する退路をあらかじめ確保している感じがするわけだ。

☆

少し時間が経ちましたが、このコピー、
僕も最初に聞いた時から何か頭に残っていました。
そういう意味では、広告として成功なのかもしれないけど。
「なんかなぁ。うーむ」「一見かっこいいけど、うーむ」と
悶々としていました(長いな)。
で、上記の文を読んで、納得しました。
カタカナ語の使い方かぁと。
難しいですよね。カタカナ語って。
安易に使うと、痛いしっぺ返しをくうことがあります。
推測ですが、カタカナ語を使う時って、
書き手が何かを隠そうとしているのかもしれないですね。

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