『こんな日本でよかったね』1

内田樹さんの「こんな日本でよかったね」を読みました。
個人的に抱いていた関心や疑問がテーマになっていて、
それぞれの「解」も面白い良書です。
以下、引用(主に小田嶋隆氏の考えのようですが)。

(前略)朝日新聞は先日から奇妙なコピーを掲げている。

言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。
それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。
ジャーナリスト宣言。朝日新聞

新大阪の駅でこのポスターを一瞥したとき、
私は肌に粟を生じた。
できれば、こういうことを言う人間には
言葉について語って欲しくない。
小田嶋隆先生は、このコピーについて次のような
たいへん厳しい指摘をされている。
ところで、朝日新聞がやっている「ジャーナリスト宣言。」
キャンペーンって、ちょっと変だよね。
言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。
それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。
ジャーナリスト宣言。朝日新聞

 あれのCMをテレビで見ていると、微妙にはずかしい気持ちになる。
 なぜなんだろう?
 おそらく、朝日新聞社自身が、自分たちの「言葉のチカラ」を
信じていないように見えるところがイタイのだと思う。
 なにより、「言葉のチカラ」と、「力」をカタカナ表記にしている
ところがよろしくない。
コピーライターの心のふるえが露呈している、というのか、
斜に構えている感じがするわけだ。
「それでも私たちは信じている、言葉の力を」
 と言い切ってしまってから、
自分のセリフに照れている感じ、ですね。
 倒置表現まで使って大見得を切った以上、
照れるのはルール違反だと思う。ここは一番、
思いっきりクサく、ベタに、ポエム全開で信じ切ってやるのが
相手に対する礼儀だと思う。
 こういう場合でもカタカナ使用は、
「えっとつまり、オレとしては、キミをアイシテるわけです(笑)」
 ぐらいなメールを想起させる。
 微妙に腰がひけていて、口説いた相手に笑われた時に
「なーんてね。冗談冗談」
 と、安全に撤退する退路をあらかじめ確保している感じがするわけだ。

少し時間が経ちましたが、このコピー、
僕も最初に聞いた時から何か頭に残っていました。
そういう意味では、広告として成功なのかもしれないけど。
「なんかなぁ。うーむ」「一見かっこいいけど、うーむ」と
悶々としていました(長いな)。
で、上記の文を読んで、納得しました。
カタカナ語の使い方かぁと。
難しいですよね。カタカナ語って。
安易に使うと、痛いしっぺ返しをくうことがあります。
推測ですが、カタカナ語を使う時って、
書き手が何かを隠そうとしているのかもしれないですね。

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