イサム・ノグチさんの少し古い本を図書館で借りた。
ブランクージのもとで修行していたパリ時代の述懐です。
☆
たしかに私は最初のうちは、何ひとつ彼の役には立たなかった。
そして結局のところさほど格別に上達もしなかったのだが、
それにしても、修得するのにどんなに時間がかかろうとお構いなく、
彼と全く同じやり方で仕事をせねばならなかった。
彼が扱う大鋸は決して無理に動かすことなく、
それ自体の重みによって静かに切らねばならなかった。
斧の広い刃が彫り跡をとどめていれば、その通りの彫り跡を
つけることが要求されたーーこれは人間と物質との直接の
ふれあいなのだ。いたるところに、この統一があった。
ブランクージが我慢できなかった一事は、
たとえば私の心が日光の降りそそぐ戸外にさまよい出たのを
見破ったときのように、
完全な注意集中力を欠いていることであった。
もし君の心が仕事と一体になっていないなら、
別のことをやりなさい。
しかし、彫刻家になろうとはするな、と言った
彼の言葉を私は理解できた。
『イサム・ノグチ ある彫刻家の世界』より引用。
