『ネット・バカ』


ステータス:流し読みで読了
評価(最高が5つ星):☆☆
覚えておきたい一文:

(ネットの)恩恵は現実だ。だがそこには対価もともなう。マクルーハンが示唆したとおり、メディアは単なる情報の水路ではない。思考の束を提供すると同時に、思考のプロセスも形成している。そしてネットは現在、わたしの集中力と思索力をそぎ取っているかのようなのだ。オンラインのときもオフラインのときも、いまやわたしの脳は情報が、ネットから与えられているときと同じかたちで、つまり細分化された断片の迅速な流れとして入ってくるものと思っている。

ネットのサイトやサーヴィスに慣れ、頼るようになるにつれ、自分の習慣や日常的行動が変わったというだけの話でもない。脳の働き方自体が変わりつつあるように思えたのだ。ひとつのことに数分かそこらしか集中できなくなっていることを、不安に思い始めたのはそのころだった。最初わたしは、脳の年齢的な衰えのせいだろうと考えた。だが気づいた。わたしの脳は、単にふらふらさまよっているだけではない。飢えているのだ。ネットが与えてくれるのと同じだけの量を食べさせてくれと、それは要求していた−−そして与えられれば与えられるほど、さらに空腹になるのだった。コンピュータから離れているときも、わたしはメールをチェックしたり、リンクをクリックしたり、ググってみたりしたくてたまらなかった。接続していたかったのだ。マイクロソフトのワードが、血と肉を持ったワープロへとわたしを変えたのと同様に、インターネットはわたしを、高速データ処理機械、いわば人間版HALへと変えたのだとわたしは気づいた。
 以前の脳が恋しくなった。

新しいキンドルで電子書籍を読みはじめてすぐに、作家のスティーヴン・ジョンソンは次のように実感した。「デジタル領域に本が移行することは、単にインクをピクセルと取り替えることではなく、本の読み方、書き方、売り方を大きく変えることでもあるだろう」。「キーにタッチすることで本の世界」を拡大し、ウェブページのように本を検索可能なものに変えるキンドルの可能性に、彼は胸を躍らせた。だが、そのデジタル・デヴァイスによって、彼の心は恐れで満たされもした。「読書の大きな喜びのひとつである、別の世界、つまり作家の観念の世界に没入することが、犠牲になるかもしれないと怖れている。雑誌や新聞を読むときのように、あちこちから少しずつ情報をかじり取るようにして、本が読まれるようになるのではないだろうか」

ひとことコメント:
すごくまじめな内容なのに、なんでこんな日本語タイトルをつけたのか首をかしげたくなる。よく職場の人と、デジタル依存の弊害の話をしていて、この本を読んでみようということになりました。たしかに、ネットを使うようになってから集中力を長く維持できなくなってきた。あと、記憶力も確実に落ちている。「その情報は○○のサイトにある」ということが記憶することと同義になっている。なので、その中身は思い出せない。記憶をクラウドに預けすぎでもある。そのうち、自分のパスワードしか記憶できなくなってそうだ。マルチタスクも問題なんだろうと思う。すぐに立ち上がると便利だけど、次々見てしまって、時間がどんどん経っていく。いかんなぁ。何か手を打たねば。

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