『ローマ人の物語19 悪名高き皇帝たち[三]』


ステータス:読了
評価(最高が5つ星):☆☆☆
覚えておきたい言葉:

歴史に関心をもつということは、懐古趣味などではまったくない。「人間性」に関心をもつか否か、がそれを決める。激動の時代に生まれ合わせれば、平穏な時代に生きるよりもなお、諸々の言動に走る人間性に興味をそそられるものなのだ。

皇帝になると決めたクラウディウスの頭の中では、建国以来のローマの歴史やローマ人が反面教師とした都市国家時代のギリシア人の歴史、それにアレクサンダー大王の創造したヘレニズム時代の歴史に加えて、これら先人たちの「歴史」も反芻されていたにちがいない。なぜなら、歴史に関心をもつことは、自分もふくめた個々の人間の独創性に全面的な信を置かないことでもあるからだ。言い換えれば、「歴史は自分が創る」とは思わず、「歴史は人間たちが創る」と思う立場である。ゆえに、先人の示してくれた例を参考にするのにも抵抗を感じない。紀元41年に皇帝となった「歴史家」は、これら先人たちの中でも、カエサルとアウグストゥスを、自分の統治の目標に掲げている。

ローマ人がガリア人と呼んでいたケルト民族だが、現代でのケルト(ギリシア語)とガリア(ラテン語)の使い分けは、ローマに征服されない以前はケルトと呼び、征服後はガリアと呼び分けているようである。また、アイルランド人のように、ローマの支配下に入ったことのない場合も、ケルトと呼ぶ。

感想など:『ローマ人の物語』をいいペースで読めている。これまでは分厚い単行本で読んでいて、図書館の返却日までに読了できないことが多かったので、文庫本化はとても助かる。何より軽い。
今回は皇帝になるまで歴史家だったクラウディウスの話。生まれもっての才能や肉体的な強さはないが、歴史から学んだ知恵でローマ帝国をがんばって統治しようとする姿勢には、生まれもっての才能や肉体的な強さに乏しい身なので共感できる。
塩野さんが分析するように、歴史に関心を持つということは、つまるところ「人間性」に関心をもつことであると確かに思います。「なんで、この人はこの時にこんな行動をとったんだろう?」「こういう事態になると、人はこんな反応をするのか」というメカニズムがわかるのは面白い。そして、生きている人の数だけメカニズムは働いて、その結果として歴史がつくられていく。そんな歴史を寝っころがりながら本を読んで知られるというのは最高のエンターテインメントであると思う。個人的に。

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