『オン・ザ・ボーダー』


ステータス:8割読了
評価(最高が5つ星):☆☆☆☆
覚えておきたい一文:

 キャパの左岸での青春の日々は、貧しく無名だったが絶望的なものではなかった。それは彼が、持ち前の楽天性にも助けられて、世界は自分を望んでおり、誰かが自分を待ってくれているという信念に近い思いを持ちつづけられたからだった。
 事実、彼はゲルダと巡り会うことで、徐々に、仕事も夢も手に入れていくことになる。アンドレ・フリードマンはロバート・キャパという名を持ち、ゲルダと共に暮らすようになる。ゲルダはキャパを励まし、力づけ、指針を与える。しかし、キャパの勧めもあってカメラに対する興味を抱いたゲルダは、しばらくするとキャパの黒子でいることにあきたらなくなり、カメラマンとしてひとり歩きをすることを求めるようになるのだ。
 スペイン内戦が勃発するや、2人はフランスの写真雑誌の特派員として、スペインへ赴く。ゲルダはキャパの協力者として写真を撮りはじめるが、やがて自らの才能に目覚めると、独自の道を行くことを欲するようになる。それが2人の間に亀裂の入る最大の原因だった。キャパはゲルダを独占しようとし、ゲルダはもっと広い世界に踏み出していこうとする。そして、その戦いがゲルダの勝利に終わろうとした矢先に、彼女は戦場で共和国軍の戦車の暴走に巻き込まれて死んでしまうのだ。ゲルダは、その劇的な死によって盛大な葬儀が営まれ、ペール・ラシューズ墓地に埋葬される。
 一方、残されたキャパは、ゲルダを失い茫然とした日々を送るが、実際はその死によって、失いかけていた彼女をもういちど掌の中に取り戻すことができたとも言える。キャパはそれ以後、ゲルダは最愛の女性だったと公言しつづけ、事実、結婚しようとしなかった。

 家庭を持たず、だから家を持たなかった彼は、終生ホテル住まいを続けた。その定宿となったのがランカスターであり、仲間とよくランチを食べにいったのが「フーケ」、夕方の一杯を引っ掛けたのが「クリヨン」、夕食は「マキシム」、そして夜遊びをするのは「シェ・カレール」と決まっていたという。
 私はそれらのホテルや店のある通りがどこなのか、メトロの出入り口に掲示されているパリ市内の看板の前で立ち止まり、一軒一軒確かめているうちに、あらためてひとつのことが理解できてきた。彼は無名の青春時代をセーヌ左岸で送り、有名になってからの日々を徹底して右岸で送ったのだな、と。だが、彼は貧しく無名だった左岸での日々が光り輝いて見えるのに対し、名声と贅沢な暮らしと多くの崇拝者に囲まれていたはずの左岸での日々には、深く暗い影が落ちているように見えるのだ。それは、キャパが第2次世界大戦後の人生で、ついに自分の道を見つけられなかったことによってできた影である。圧倒的な名声を獲得した彼には、写真以外でもあらゆることが可能だった。映画の制作や監督、回想録や小説の執筆。すべてが可能だったために、どれにも道を定められなかった。長い廻り道の末、ようやく「フォト・ジャーナリズム」に復帰する契機を掴みかけた時、彼はインドシナで地雷を踏んでしまったのだ。

窓の外の風景を眺めている私は、水田や墓や家や木々に眼をやりながら、もしかしたら自分の心の奥を覗き込んでいるのかもしれない。

ひとことコメント:
関西への帰省中に読んでいた本。もともと、関西に帰るか、ベトナムのフエに行くかを悩んでいて(すごい選択肢だな、しかし)、図書館でパラパラとこの本をめくっていたら「ヴェトナム縦断」などが収録されていたので借りてみました。ヴェトナムの話も良かったですが、「キャパのパリ、あるいは長い一日」が心に残りました。3つ目の引用は、移動中の電車の中で自分もそんな心持ちだったので忘れないよう記録。

タイトルとURLをコピーしました