ステータス:読了
評価(最高が5つ星):☆☆☆☆
覚えておきたい言葉:
イスラム教徒は地中海にまで勢力を拡大し、お前たちの兄弟を攻撃し、殺し、拉致しては奴隷にし、教会を破壊し、破壊しなかったところはモスクに変えている。彼らの暴行を、これ以上許すべきではない。今こそ彼らに対し、起き上がるときが来たのだ。そして、一段と声を張り上げてつづけた。
なぜならこのことは、わたしが命じているのではない。主イエス・キリストが命じているのである。かの地へ向かい、異教徒と闘い、たとえそこで命を終えたとしても、お前たちは罪を完全に許された者になる。わたしはそれを、神から授与されている権限をもって、はっきりとここで約束する。
(中略)
聴いていた人々は、一人残らず感動した。群衆からは自然に、「神がそれを望んでおられる」(Deus lovult)の声がわきあがり、その大観衆の中で、聖戦に志願する最初の一人が、演説を終えたばかりの法王の前に進み出た。そして法王の前にひざまずき、遠征参加への誓いを行ったのである。
研究者の中には、諸候の中でこのゴドフロアだけは、なぜ十字軍に参加したのかわからない、と書いている人もいる。だが私は、だからこそ参加を決めたのだ、と思うのだ。
三十代も半ばに達した年頃になれば、あの時代では人生の半ばである。つまり、これまでの人生で自分は何をしてきたのかを、振り返って考える年頃でもあるということだ。
ロレーヌ候ゴドフロアのこれまでの半生は、グレゴリウスへの復讐の念に駆られたあげくに法王を追いつめることしか頭になかった皇帝に従って、グレゴリウスをカステル・サンタンジェロに閉じこめ、法王になったウルバンにもローマの土を踏ませないことに費やされてきたのだ。
もしもこの半生を振り返ったゴドフロアが、これ以後はまったくちがう人生を歩みたいと思ったとしたら? そしてその想いが、クレルモンでのウルバンの言葉で火が点けられたとしたら?
ロレーヌ候ゴドフロアは、後代に描かれた絵でも、実際の年齢とはまったくちがう老成した顔で表現されている。それは彼は、仲間割れすることが多かった諸候の中にいながらそれに加わらない人格者であったから、とする学者もいる。だが私には、自らの人生の目的をはっきりと決めた人の、静かな落ち着きに見えるのである。
偉大な父親を意識する度合は、なぜか息子より娘のほうに強い。
感想など:歴史は好きですが、どうにも中世は日本史も世界史も苦手でした(古代史はもっと苦手ですが)。で、十字軍のあたりもきっと面白いんだろうな、と思いながらも放ったらかしになっていました。が、塩野七生さんが相変わらず読みやすいタッチで物語ってくれるので、スイスイ入り込めました。「ローマ人の歴史」も読んでますが、やっぱりこの人は戦史ものを描くのがうまい気がします(平時の分析ももちろん面白いですが)。この本を読んで、ようやく十字軍が遠征した理由や、カノッサの屈辱との関連性がつかめました。しかし、「神がそれを望んでおられる」と思い込んで攻め込まれたイスラム側はたまったものではないですね。まぁ、いまも同じようなことやってますが。宗教は不思議なものです。
