ステータス:読了
評価(最高が5つ星):☆☆☆☆
覚えておきたい言葉:
(前略)あと僕の母は42歳の時、僕が10歳、小学校4年生の時に亡くなったんです。僕が今の自分の娘ぐらいの頃に白血病で逝きました。入院して、僕らは病名なんて聞かされていなくて、当然帰ってくるものだと思っていたからお見舞いにも行ってなかった。でも亡くなって、その辺から、人はなぜ生きるのかな、と考えるようになったとは思う。そしてだんだん母が死んだ歳に近づいていくわけです。20代の後半から30代になると、もうあと10年だ、それまでに人生を仕上げておく必要があるなって。
子どもの頃に親を亡くしている人は、こうした感覚を自然に持っていると思います。聞いてみたら姉もそうだった。父や祖母がいたので経済的には困らずに成長できたけど、「42歳」という締切りはとても大きくて。
内村鑑三の言葉との出会いも大きかった。「後世になにを残すか」。次の世代や、未来の世代になにを残すのか。ゴミを残すのか、核兵器を残すのか。いい仕事や、いい作品、なにか贈り物のようなものを残したい。生きた証ではないけど、なにか残して。生まれたときよりもいいようにしていくのが一番だと思って。生活も大変かもしれないけれど、なにか残していけたらいいなと。(塩見直紀さん)
ベタですけど岡本太郎さんの『自分の中に毒を持て』(青春出版社)を読んで、すごい悩んでしまう分かれ道があったとして、片方はまぁ安定して収入も得られるっていう道で、もう片方はイチかバチかどうなるかわからん道で、その真ん中で悩んでるとき。そりゃどう考えても普通に給料が入る方がいいに決まってるのに、そこで悩んでっていう時点で、君はどんだけこっちに行きたいんだみたいなことが書いてあって、「あ、ほんまや」って思って。(藤本智士さん)
感想など:青山ブックセンターの「ABCブックフェス2010」の冊子が手元にあったので(置きっぱなしにしていた)、いろんな人が紹介している本の案内をペラペラ見ていると、いくつか気になる本があったので図書館で予約。最近、こういう仕事を考える系の本を読むことが多い。いまの年齢は本当に考え時だと思う。
で、最初の引用ですが、以前ブログで子ども頃に亡くした母親の死の年齢を意識してしまうと書いていましたが、まさに同じ感覚を言葉にされていたので、こういうのは普遍的なものなのだなぁと。何年経っても抜きがたい作用をもたらします。でも、ある意味、十全に生きる助けとなるかもしれない。
