『歳月』


題名:「歳月」
ステータス:読了
評価(最高が5つ星):☆☆☆
覚えておきたい一文:
 江藤はこのとっさの激情から、
たったひとことだけ叫んだ。
「裁判長、私は」
 ということばであった。が、獄卒の一人が
そういう江藤の腕をつかみ、他の一人が背後から
くびを締め、そのままかれの自由をうばいつつ、
力づくで退廷させてしまった。
江藤新平という日本史上稀代の雄弁家にとって
その半ちぎれの片ことが、この世間の公式の
場所における最後の発言になった。

 執行場で、江藤はおなじことばを三度さけんだ。
弁論を封ぜられたまま死なざるをえぬかれとしては、
自分のいうべきことをできるだけみじかく
象徴化して叫ぶしかすべがなかった。
 天のことを皇天といい、地を后土という。
「ただ、皇天后土のわが心を知るあるのみ」
 と、江藤は叫んだ。三度さけんだ。
 天地だけは知っている。
この日本語世界がうんだ最大の雄弁家の
最後のことばである。

ひとことコメント:
司馬遼太郎さんの「歳月」を読みました。
図書館で、「なんか読んだことのない長編は…」と
探して、見つけました。
維新後、日本の司法を確立した男、
佐賀の江藤新平の話です。
華々しい、幕末の志士たちの活躍と比較すると、
江藤新平は地味です。
彼は革命家ではないし、政略家でもない。
また、軍を率いる才覚も乏しい。
けれども、彼はあの時代の人物の中では
珍しい、国をつくる才、があふれた人でした。
彼は最期、佐賀の乱の首謀者として
死罪となります。そこに至るのには、
彼の家の身分が低かったこと、
長州や薩摩ではなく佐賀で生まれたこと、
そしてなにより、同時代に大久保利通という
同質の才人がいたことなどが伏線となっています。
本を読めば、彼が最期に不服を唱えたわけが
記されています。その訴えが、
命を永らえたいという私心から
出ていたわけではないことが、胸をうちます。

タイトルとURLをコピーしました