ステータス:読了
評価(最高が5つ星):☆☆
覚えておきたい一文:
近代までのアートと現代美術の大きな違いの一つは、絵画や彫刻といった種としてのアートから、ジャンル分割を前提としない類としてのアートへの転換と言えるでしょう。絵画や彫刻をぎりぎりまで切り詰めて純化しようとするモダニズムに対して、現代美術は個別のジャンル全体が包容される「アート」に切り込んでいくことになります。
見る。キュレーターの仕事はこの行為に始まり、この行為に終わると言っても過言ではありません。
もちろん、ただ漫然と見ていてもダメ。3つのレベルでアプローチする癖をつけましょう。①構図はどう組み立てられているか、②要素同士の意味的連関はどうなっているか、③その作品はそれがつくられた時代・場所において、またそれを見ている今ここにおいて、どのように機能しているのか、に分けて考えながら見るわけです。
キュレーターは旅人に似ています。聖ヴィクトルのフーゴーは、こう言いました。「故郷を甘美に思う人はまだ嘴(くちばし)の黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられる者は、すでにかなりの力をたくわえた者である。だが、全世界を異郷と思う者こそ、完璧な人間である」と。もし、「プロ」のキュレーターがアートの専門知識を備えた人だとするならば、どれだけ豊富な知識や能力を備えていたとしても、それは、「あらゆる場所を故郷と感じられる」人にすぎません。では、「完璧な」キュレーターとは、どのようなキュレーターなのでしょう。(後略)
ひとことコメント:
編集者はキュレーターの仕事から学ぶべきことがあるのではないか? ということについて職場で議論されているので、勉強がてら読んでみました。美術には疎いですが、面白いものを「発見する」ことには興味があるので、キュレーターという仕事は関心あり。引き続き考える。
