ステータス:読了
評価(最高が5つ星):☆☆☆☆
個人的な読みどころ:週刊誌で「面白い」と紹介されていた本を図書館で借りる。著者は成熟ステージに入った日本がこれまで通り成長路線を採用するのは無理があるとして、分配論を説きます。
今後国家が提供すべきサービスとは、端的に言うと「国民全員に、医・食・住を保障すること」ということになるであろう。人が生活の中で最も深刻な不安を感じるのは、食べることの不安、住むことの不安、病気になった場合の不安、そして老いて介護が必要になった場合の不安である。もし、失業しても、病気になっても、食べることと、住むことと、病気にかかることが、国民全員に保障されていたならば、どれほど安心して生活することができるだろうか。(中略)医・食・住を保障するという社会インフラへの投資は、これまで行って来た道路やダムといった産業インフラへの投資よりも、成熟型国家においては投資効果、国民の満足度ともに明らかに大きい。経済成長を通して国民の生活を豊かにするという方法論が有効性を失った今、日本が新しく指向すべきは国民の誰もが安心して人生を送れるような生活保障の社会インフラを整備することであり、それは具体的には国民全員に医・食・住を保障することなのである。
で、じゃあ、どうするのかという具体論。説得力あり。
現在の日本の医療費は、約34兆円と金額は膨大であるが、実はそのうちの85%以上はわれわれ国民が支払っている社会保険料や税金によって既にカバーされている。従ってわれわれが病院に行ったり、その帰りに処方薬局で薬をもらったりする時に支払っている金額は総医療費の14%、4.8兆円なのである。ということは4.8兆円の財源の手当さえつけば、現行の医療サービスはタダで受けられることになる。
同様に、これから益々増加していく介護の費用を全額公的負担で賄うことも十分に考えられる。現行の総介護給付費は約6.4兆円であるが、約9割は介護保険と税金によってカバーされている。個別のサービスを受ける度に個人が追加的に支払っているのは残りの約1割弱、6000億円である。このように、国民の最大の不安の種である医療と介護を完全無料化するための追加的に必要となるコストは合計で約5.4兆円で済むのである。
ただし、医療も介護も無料になったら、利用者の歯止めが利かなくなって現行水準を大きく上回ってしまうという懸念もある。もし仮に、国民が今よりも2割増しで医療や介護サービスを使うようになったとしたら、その負担増は総医療費・総介護費用の2割増しになるわけであるから追加的コストは13.5兆円と大きな金額に膨れ上がってしまう。
しかし私は「それでも良いではないか」と考える。これからの日本の政治家と日本国民にとって、成熟社会におけるお金の使い方とはそういうものである、との覚悟が必要だと思う。
現在は2.6兆円しか生活保護予算に当てられていないため、生活保護対象世帯の2割しかカバーできていないが、もし10.4兆円の追加予算があれば、カバー率を100%にすることができるのである。
全ての国民に、医・食・住を保障するための追加的コストについて見て来たが、大きな費目はこれくらいのものである。医療費・介護費用が2割増しになった場合で13.5兆円であり、そして生活保護を十全に機能させるために必要となるのが10.4兆円と、合わせて約24兆円である。(中略)筆者は「これくらいの金額であれば簡単に捻出できる」という立場である。
最も大胆に言ってしまえば、日本の国民負担率をフランス並みにすれば、75兆円もの増収を見込むことができ、24兆円という追加コストを賄っても51兆円ものおつりが来るのである。ドイツ並みの国民負担率で45兆円、イギリス並みでも32兆円の増収になり、いずれにせよ先に計算した24兆円という追加コストを賄って十分に余りある金額である。つまり仏独並みの負担と社会のしくみに倣えば、国民全てに医・食・住を保障することはそれほど難しいことではないのである。
この本にも書いてますが、日本って「生きていて幸せだ」「不安が少ない」と答える人が世界の中でも異様に少ない。すごく窮屈に生きる道しか国民に示せていないのが原因だと思う。そして、その道から少しでも外れると、もう戻れない社会。だから自殺率も非常に高い。増税は誰だって嫌だけど、結局税収と同じくらいの国債を発行するなら借金を将来世代に背負わせているだけなので、早めに受け入れた方がいい気がする。増税でデフレになるとの見方もありますが、この本にあるように将来への不安を無くさないと誰も消費なんかしないと感じる。
