(前略)しかし、フェミニズムには根本的な「難点」があった。
それはあらゆる社会理論が陥る、ほとんど構造的な「難点」である。
ひとことで言ってしまうと、フェミニズムは 「あらゆることをその理論で説明できる」という全能感をもたらした、 ということである。
すぐれた社会理論は、そのような全能感をその信奉者に贈ってくれる。 マルクスの理論もフロイトの理論もレビィ=ストロースの理論も フーコーの理論もその点では変わらない。 この全能感は私たちを高揚させ、幸福にし、そして節度を失わせる。 「ほんとうはその理論をもって説明すべきではないことまで、 それで説明できてしまう」とき、その理論の適用を自制できる 人間は少ない。きわめて少ない。だから、フェミニストが 「フェミニズムのもたらす全能感」を自制できなかったことを 道徳的に責める権利は私たちの誰にもないと私は思う。
最近、はまっている内田樹氏の著書『女は何を欲望するか?』の
一文です。この本、ちょっと難しくてついていけない部分が
多かったけど、冒頭のこの一文はなるほどなるほど、と思いました。
理論を全能なものとして適用してしまうことって
よくありますよね。そして、それを武器に攻撃されている方って、
「なんか違うんだよなぁ」と思いつつも、
理論が全能的であればあるほど反論しにくいんですよね。
そして、後味の悪さだけ残る、と。なかなか考えさせられます。
