『知に働けば蔵が建つ』

わが兄上はかつてこううそぶいたことがある。
「『勉強ができる』というのは
『頭がいい』という意味ではない。
勉強のような『くだらないこと』に限りあるリソースを
惜しみなく注ぎ込むことが『できる』という、
一種の『狂気』に罹患していることを言うにすぎない。
タツル、お前は気が狂っているだけなのだよ。」
 そう言って兄は受験勉強に孜々(しし)として
いそしむ私に哀れみのまなざしを向けたことがあった
(今にして思えばたいへん先駆的な洞察であったのだが、
この洞察がもっぱら受験生であったご自身の
学習時間の少なさを弁明するために功利的に
用いられていたことが惜しまれる)。
しかし、動機はどうあれ、兄上の指摘はただしく
「学歴社会」における「勉強ができる」という語の
語義を言い当てていた。

いま読んでいる内田樹さんの
『知に働けば蔵が建つ』の一文です。
前後の文脈を紹介すると長くなるので割愛しますが、
面白いなぁと思いました。
こういう言い回し好きです。

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