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覚えておきたい言葉:
調査の結果、私たちはジャーナリストが同意し、かつ市民には期待する権利があるいくつかの明確な原則があることを発見した。長いあいだには盛衰があったものの、これらはつねになんらかの形で明白だった。これらはジャーナリズムの諸原則である。
それらの第一は、ジャーナリズムの目的は人々が自由であり自ら統治するうえで必要な情報を提供することである。
この任務を遂げるには、
1.ジャーナリズムの第一の責務は真実である。
2.ジャーナリズムは第一に市民に忠実であるべきである。
3.ジャーナリズムの真髄は検証の規律である。
4.ジャーナリズムに従事する者はその対象からの独立を維持しなければならない。
5.ジャーナリズムは独立した権力監視役として機能すべきである。
6.ジャーナリズムは大衆の批判および譲歩を討論する公開の場を提供しなければならない。
7.ジャーナリズムは重大なことをおもしろく関連性のあるものとする努力をしなければならない。
8.ジャーナリズムはニュースの包括性および均衡を保たなくてはならない。
9.ジャーナリズムに従事する者は自らの良心を実践することを許されるべきである。
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ジャーナリズムの中心的目的は、市民が主権確保のうえで必要な情報をもてるよう真実をのべること。
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人びとの基本的欲求ーーわたしたちはこれを知識への欲求とよびーーがニュースを必要とする。人びとは、直接的経験を超越したできごとを理解するため、隣の丘の向こうではなにが起きているのか知る必要がある。知らないことを知ることで、安全を確保し、生活を設計し、うまく過ごすことが可能になる。情報を交換することが社会創設の基礎となり、人と人とのつながりを作る。
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民主主義のほんとうの目的は人間の自由である。
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記者個人では、第一報で真実の表面的水準をはるかに超えることは不可能かもしれない。しかし、第一報から第二報にすすむ過程で、情報源は第一報の誤りや欠落した要素について反応する。記事は第二報から三報、そしてその後へとつづき、状況がさらにつけくわえられていく。より重要で複雑な話については、論説やトークショー、社説、そして編集者への手紙やラジオ番組での電話など、大衆と個人の全範囲を対象とする対話が生じる。
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真実は、いいかえると、複雑であり、ときとして矛盾する現象である。しかし、長いあいだのプロセスであるようにみえる。ジャーナリズムはこれを得ることができる。ジャーナリズムは情報を丸裸にすることで混乱した世界で真実を得ようとする。はじめに誤報や偽の情報、自己宣伝など付加された情報をとりさり、それから社会の反応を待ち、整理のプロセスを確保する。真実の探求は対話になる。
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私たちは真実ーー最もとらえどころのないものーーを目標として理解し、いまだ信奉する。努力するものの、完全には達成できない現実である。歴史家のゴードン・ウッズは文筆の歴史について「歴史的記憶が断片的で不完全であるとの見方や歴史家は解釈について最終的に一致することはけっしてないという見解は受けいれられる。それでも観察や観察による立証が可能な過去に関する客観的真実を信じる」という。これはむやみやたらに信じること以上のものである。人びとは実生活において、どんなときに情報源を信頼すべきものなのか、どんなときに調査が徹底的であるのか、どんなときに方法に透明性があるのか、がわかる。ウッドは「歴史家は、けっして、真実を完全にそして最終的にみて提示することはないのかもしれない。しかし、一部の者は歴史書において、ほかの者より近づき、より完全に近く、より客観的で、より誠実であるのかもしれない。それをみたとき、私たちは知ることになるだろう」と語った。
ニュースに従事している者、もしくは公務員はほとんど同じことをいう。真実の完全な翻訳(バージョン)により近づくニュースを得ると、意義は大きい、と。
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結局、娯楽やプロパガンダ(宣伝)、フィクション、芸術をジャーナリズムと分けているのは検証の規律である。娯楽そしてそれと同系の「娯楽的報道番組」はなにが最もおもしろいかを重視している。プロパガンダは、その本来の目的、つまり説得や操作のため真実を選択、もしくは事実を捏造する。フィクションは、真実とよぶものの個人的印象を強めるためシナリオを作る。
ジャーナリズムだけが、第一に事件そのものに焦点をしぼる。
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(前略)公正さとバランスは新たな意味をもつ。これらは高位の原則ではなく、技術(工夫)であり、記事を発展させ検証するうえでのジャーナリストを補助するしくみである。公平さやバランスは、追求する対象になっておらず、またジャーナリズムの目的とされてもいない。ジャーナリストが、より完全に検証をおこない、そして事件についてより信頼できる報道ができるよう援助することに価値がある。
例えば、バランスは、事実の歪曲を導くことがある。仮に科学者の圧倒的大多数が地球温暖化は科学的事実、もしくはある種の治療が明らかに安全である、と信じていたなら、科学的論議が賛否拮抗していると印象づけるのは市民や誠実な者にとって害になる。残念ながら、ジャーナリズム上のバランスは、こうしたたぐいの数字上の意味をあつかうかのように意味がとりちがえられている。ふたつの側から同様の数字の引用を掲載しているものがよい記事であるかのように受けとめられている。ジャーナリストが知っているとおり、記事のなかには、たびたび三つ以上の立場が存在しており、また、それらを均衡させることはときとして現実を真に反映したものではないことがある。
公正さも、それ自体が目標になってしまうと、同様に誤解を招くことがある。公正さというものは、ジャーナリストがその事実、および市民の理解にたいして公正であるということを意味すべきである。「情報源のだれもが不幸にならないよう、情報源にたいして自分が公正か」、もしくは「私の記事は公正にみえるか」と尋ねるジャーナリストを意味してはいない。これらの主観的判断によって、ジャーナリストは、記事についてのより深い検証の必要性を回避してしまう可能性がある。
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ジャーナリストや市民その他、ニュースについて考えている者の意見を聞きとり、研究した結果、検証の規律の基礎をなす一連の中心概念がうかびあがってきた。これらは報道科学における知的原則である。
1 存在しないものをつけくわえるな。
2 聴視者を欺くな。
3 方法や動機について可能なかぎり透明性を確保せよ。
4 自分の報道を頼りにしろ。
5 謙虚であれ。
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『サンノゼ・マーキュリー・ニューズ』の編集主幹デーヴィッド・ヤーノルドは正確さのチェックリストとよぶべきものを作りあげた。
編集者は記事を読みすすむとき、とりわけ以下の質問に答えなければならない。
・記事のリードは証拠だてれたものか。
・だれかが、記事中のすべての電話番号に電話したり、住所やウェブサイトを訪問したり、二重チェックしたか。名前や肩書きはどうか。
・記事を完全に理解するためには、参考資料が必要か。
・記事中の利害関係者すべてが確認され、その側の代表に連絡がとられ、話す機会が与えられたか。
・記事が複数の立場をとりあげられているか。もしくは微妙な価値判断をおこなっているか。一部の人びとがそうであるべき以上にこの記事を好むか。
・なにか逸脱していることはないか。
・すべての引用は正確で、だれのものか適切に示されているか。そのひとがほんとうに意味したことを伝えているか。
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ジャーナリストにはつねに懐疑的な気質が必要である。ジャーナリストは早くからこの助言を使っていた。それは「母親があなたを愛しているといったら、それを確認しろ」である。
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本来の形の調査報道は、記者自らがそれまで一般市民には知られていなかった活動を暴露し記録することである。これは暴かれた問題や行為について正式に公的な調査がおこなわれるような調査報道であり、報道機関が一般市民にかわって公共機関を動かす典型的な例である。それは、足を使った取材、公的記録の調査、情報提供者の利用、また特別のケースでは隠密行動や特定の活動を内密で監視するなど、警察の仕事に似た戦術を必要とするかもしれない。
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ジャーナリズムは目的をもって話を語っている。その目的とは、人びとが世界を知るうえで必要な情報を提供することだ。第一の目標は生活するうえで必要な情報をみつけることであり、第二はこれに意義づけし、関連性をもたせ、魅力あるものにすることである。
感想など:会社の休憩場所でリンゴを食べていたら、先輩がやってきて「面白かったよ」と教えてくれた本。実際的なことはさておき、きちんとジャーナリズムや報道について学んでいなかったので勉強になった。真面目な内容なのに読みやすいのが良い。
