ステータス:読了
評価(最高が5つ星):☆☆☆☆☆
覚えておきたい言葉:
「未来を予測する最良の方法は、自分で作り上げることだ」(アラン・ケイ)
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禅の公案のような一言、「旅こそは報い」だった(ジョブズが大好きな言葉だそうだ)。マックチームというのは至高の任務を与えられた特任部隊なのだとジョブズはよく語っていた。いつの日か振り返れば、つらかったことなど忘れてしまうか笑い飛ばすかして、人生最高の日々だった、魔法のような日々だったと思う−−というのだ。
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「スティーブは例によって究極のハーメルンの笛吹きモードで、マックが世界を変えるんだと言い切り、すさまじい緊張感と複雑な人間関係で、正気とは思えないほど皆を働かせていました」
ハイな状態から一気に落下し、不安をゲイツに漏らすこともあったという。
「金曜夜、みんなでいっしょに夕食を食べているときは、万事最高だと言い続けるわけです。ところが次の日は、まず間違いなく、『どうしよう、アレは売れるかなぁ、困ったなぁ、値段を上げなきゃいけない、こんな話をしてごめん、うちのチームはばかばっかで』みたいになるのです」
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ジョブズは10年後、尊大で言いすぎだとは思うが、一面の真実を含む言葉を吐いている。
「マイクロソフトが抱えている問題はただひとつ、美的感覚がないことだ。足りないんじゃない。ないんだ。オリジナルなアイデアは生み出さないし、製品に文化の香りがしない……僕が悲しいのはマイクロソフトが成功したからじゃない。成功したのはいいと思う。基本的に彼らが努力した成果なのだから。悲しいのは、彼らが三流の製品ばかりを作ることだ」
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言葉を選ぶようにゆっくり、ジョブズはデービット・シェフに語った。ジョブズは30歳の誕生日を迎えた月のプレイボーイ誌に詳細なインタビューを書いた記者だ。
さまざまな話題が取り上げられたが、このとき、彼の心を一番大きく占めていたのは、歳を取ることと未来と向き合うことへの苦悩だった。精神に組まれた足場のように、思考はパターンを構成します。実際、化学的なパターンが刻み込まれてゆくのです。ほとんどの人は、レコードの溝のようにこのパターンにとらわれてしまい、そこから出られなくなってしまいます。
僕はこれからもずっとアップルとつながっているはずです。タペストリーのように僕の人生という糸とアップルの糸が絡んだり離れたりする……そういう人生になったらいいなと思います。アップルから離れる時期があるかもしれませんが、でも、いつか必ず戻ります。実際、そうしたほうがいいのかなという気もしています。僕という人間について念頭に置いていただきたいのは、僕はまだ学んでいる段階、ブートキャンプでしごかれている段階だということです。
アーティストとして、創造的な人生を送りたいと思うなら、あまり過去を振り返るのはよくありません。自分がしてきたこと、自分という人間をそのまま受け入れ、それを捨て去らなければならないのです。
自分のイメージを強化する外界の圧力が強くなればなるほど、アーティストであり続けることは困難になります。だから、多くのアーティストが「さようなら。もう行かなきゃ。気が狂いそうだからもうやめるわ」と言ってどこかに隠れてしまうのです。しばらくしたら、また現れて少し違う姿を見せてくれるかもしれませんけど。
このインタビューを読むと、人生の転機を予感していたのかもしれないと思える。
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自分自身や他人になにかを証明する変なチップなんて、僕の肩には埋め込まれていないよ。
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「スティーブにとって人生最高の出来事は、我々が彼を首にし、どこかに行っちまえと告げたことです」
と、のちにアーサー・ロックは述懐している。愛のむちでジョブズが賢く、大人になったと解釈する人が多いが、そこまでシンプルな話ではない。
アップルから追放されたあとに創設した会社で、ジョブズは、良い意味でも悪い意味でも本能のおもむくままに行動した。束縛する者もなく、自由だった。その結果、華々しい製品を次々と生み出し、そのすべてで大敗を喫する。これこそがジョブズ成長の原動力となった苦い経験である。その後の第3幕における壮麗な成功をもたらしたのは、第1幕におけるアップルからの追放ではなく、第2幕におけるきらめくような失敗の数々なのだ。
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「そんなことをすれば、世界はじっとしておらず、技術的なチャンスをつかみそこねて、いままでやってきたすべてをトイレに流さなければならなくなるぞ」
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ジョブズはイーガンにも、自分は長生きしないだろうと打ち明けた(ごく少数の友だちにしか打ち明けていない)。だから自分はせっかちで、先を急ぐのだと。
「やりたいことを急いでやらなければならないと感じていたようです」
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1985年、アップルでの権限を失い、欧州を旅して傷を癒そうとしたジョブズにレドセも同行した。セーヌ川にかかる橋の上では、このままフランスにとどまったらどうか、移住してしまったらどうか、ずっとこっちで暮らしたらどうかなどと話し合った。まじめに考えていたというよりも恋人同士の会話としてではあったが、レドセはかなりその気になっていた。ジョブズは違った。手ひどくやられてはいたが、志まで折れてはいなかった。
「僕という人間は、僕がすることを映すものなんだ」
のちにふたりは別々の道を歩むが、スピリチュアルなつながりは保つ。そして、25年後、レドセはパリでの会話を心打たれる電子メールにしてジョブズに書き送った。1985年の夏、わたしたちはパリの橋の上にいましたね。空はどんより曇っており、ふたりともすべすべの石でできた欄干にもたれながら緑色の川の流れをじっと見ていました。あのとき、あなたの世界は千々に割れた状態で、そこからどういう姿が現れるかは、あなたが次になにを選ぶか次第でした。わたしはあの過去から逃げたかった。だからわたしとパリで新しい暮らしをはじめないか、過去の自分を捨て、いままでと違う人間にならないかと誘ったのです。壊れてしまったあなたの世界の真っ黒で底が見えない裂け目からはい出し、新しい誰か、誰も知らない人間としてごくふつうに暮らしたらどうか−−質素な夕食をわたしが作り、毎日、いっしょにいる生活、ゲームそのもの以外に目的などなく、ゲームを楽しむ子どものように暮らしたらいいのではないかと思ったのです。薄ら笑って「僕になにができる? 僕のようなヤツを雇う人はいないよ?」と言う前、そのことを考えてくれたはずだとわたしは思っています。
波瀾万丈の未来がまたわたしたちをつかまえる前のあの瞬間、そういうふつうの暮らしをおだやかなおじいさん、おばあさんになるまで続け、フランス南部の農場でひ孫に囲まれてひっそりと昔を想い返し、ああ、焼きたてのパンのようにあたたかくて十全だった、わたしたちの小さな世界は辛抱と気安さが漂う場所だったと思えたらいいなと、あのとき思ったのです。
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その後レドセは結婚してふたりの子どもを産み、そして、離婚する。一方ジョブズは幸せな結婚生活を送りつつも、ときどき、彼女に対する思慕をあらわにしてきた。
がんとの闘いがはじまると、レドセはふたたびジョブズを支える。付き合っていたころを思い出すと、いろいろと想いがあふれるようだ。
「価値観が違いすぎて、わたしたちが望んだような関係にはなれなかったけれど、何十年も前、あの人に対して感じた愛情や心配はいまも続いているのです」
ジョブズも同じように感じていたようだ。ある日、リビングに座って彼女のことを語ってもらっていたら、突然、泣き出してしまった。
「彼女ほどピュアな人はめったにいないんだ」
涙がほほを伝う。
「スピリチュアルなところのある女性で、僕らのつながりもどこかスピリチュアルだった」
彼女とともに歩めなかったことをずっと悔やんできたし、彼女も残念に思っているはずだとも言う。ただ、そういう運命だった。そう、ふたりとも考えている。
感想など:話題のジョブズ氏の公式伝記の上巻。ジョブズ氏の本はこれまでに何冊か読んできましたが、伝記ものは初でした。
ジョブズ氏みたいな人と一緒に仕事をすると死ぬほど大変そうですが、こういう人じゃないと組織を動かせないのも真実かもしれませんね。
個人的にはジョブズ氏と付き合っていた人たちとのエピソードが心に残りました。下巻が楽しみ。
