『ローマ人の物語〈34〉迷走する帝国〈下〉』

ステータス:読了
評価(最高が5つ星):☆☆☆☆
覚えておきたい言葉:

 皇帝アウレリアヌスの死に方もこのプロブスの死にようにも、この時期の統治する側と統治される側の距離が、限度を超えて短縮していたことを示している。彼ら軍人出身の皇帝たちは、言ってみれば実力重視政策の成果であった。生まれも育ちも非エリート階級に属した彼らが帝位にまで登りつめたのも、既成の指導者層に絶望した世の中が、実力をもつ者の登場を求めたからである。
 だが、正当であるのは明らかな実力重視路線だが、人間世界のすべてのことと同じに、利点があれば欠点もある。実力主義とは、昨日まで自分と同格であった者が、今日からは自分に命令する立場に立つ、ということでもある。この現実を直視して受け入れるには相当な思慮が求められるが、そのような合理的精神をもち合わせている人は常に少ない。いわゆる「貴種」、生まれや育ちが自分とはかけ離れている人に対して、下層の人々が説明しようのない敬意を感ずるのは、それが不合理だからである。多くの人にとってより素直に胸に入ってくるのは、合理的な理性よりも非合理的な感性のほうなのだ。

 ギリシア・ローマ時代には当然と考えられていた他の宗教への寛容性は、結果としては人々に、救済への道を数多く提供することになった。ローマ世界には数多の神々が共存し、数多の祭儀が氾濫していた。選択が自由であるということは、多くの人々にとってはかえって、不安の原因になるのだ。
 キリスト教は、それらを一掃して、数多の中で一つを選択しなければならない迷いから、人々を解放したのである。なにしろ、救済の道はこれ一つしかない、と言われては、それを選ぶしかないのだから、不安も迷いも起こりようがない。
 異教徒側からの批判は、もっぱらキリスト教のこの不寛容性に向けられていた。しかし、不安に満ちた時代に生きる人々は、寛容でリベラルなものよりも、不寛容で全体主義的でさえある信仰のほうに、より強く惹きつけられるものなのである。

 人々を苦しめるのは、自分はどこにも属していないという孤独感なのである。
(中略)
 これらの人々が、キリスト教のコミュニティに加わることで、人間的な温かさを得られたのだ。誰かが自分のことを、現世でも来世でも、心配してくれると思えたのであった。
 これが、村よりも都市が、都市でもローマやアンティオキアやアレクサンドリヤのような大都市のほうが、キリスト教信者が増大した要因であった。

 しばしば人間は、ある人の考えそのものよりも、その人の行いの正しさや人格の良さによって、その人の思想にさえも共鳴するようになる。あれほど人柄が高潔で立派な人が言うのだから、正しいにちがいないと思ってしまうのである。思想とは、意外にも思想そのものの内実よりも、それを説く人によって普及度がちがってくるものなのであった。

 不幸や逆境に苦しんでいる人々にとって、最後の救いになり慰めになるのは希望であると、最盛期時代のローマ人であったセネカでさえも言っている。そのローマ帝国も3世紀後半になると、帝国内に住む人々に対して、「平和(パクス)」を与えることができなくなったがゆえに、「希望(スペス)」も与えられなくなってしまったのだ。この人々に対して、かたくなな信心よりも自由な理性の働きを重視すべきという、哲人皇帝マルクス・アウレリウスの言葉は効果を期待できたであろうか。
 キリスト教の勝利の要因は、実はただ単に、ローマ側の弱体化と疲弊化にあったのである。ローマ帝国は、自分自身への信頼という、活力を維持するには最も重要な要素である、気概さえも失ってしまったのである。

感想など:この巻では、なぜキリスト教が人々に受け入れられたかについて実にわかりやすく説明されている。不安な時代(時)に帰属感、拠り所を与える宗教が伸張するのは歴史の定理ですね。多少腹が減っても生きられるけど、希望がなければ人は生きられないんでしょうね。うまく自分の中で希望を生産できればいいんですが。

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