ステータス:再読
評価(最高が5つ星):☆☆☆☆☆
感想など:イタリア旅行中、須賀さんの本を何冊か読み返した。その中でも、『ヴェネツィアの宿』は構成といい、文体といい、ホントにいい本だと感じた。学生時代に読んだと思うが、あの頃には分からなかった、感じ取れなかったことがたくさん見つかった。
「終点にだれもいないより、神さまがいたほうがいいような気もするわ」
そう言われると、結局はそういうことかと胸にひびくものがあって、やわらかな母の信仰がうらやましかった。
◇
死にのぞんで、父はまだあの旅のことを考えている。パリからシンプロン峠を越え、ミラノ、ヴェネツィア、トリエステと、奔放な時間のなかを駆けぬけ、都市のさざめきからさざめきへ、若い彼を運んでくれた青い列車が、父には忘れられない。私は飛行機の中からずっと手にかかえてきたワゴン・リ社の青い寝台車の模型と白いコーヒー・カップを、病人をおどろかせないように気づかいながら、そっと、ベッドのわきのテーブルに置いた。それを横目で見るようにして、父の意識は遠のいていった。
翌日の早朝に父は死んだ。あなたを待っておいでになって、と父を最後まで看とったくれたひとがいって、戦後すぐにイギリスで出版された、古ぼけた表紙の地図帳を手わたしてくれた。これを最後まで、見ておいででしたのよ。あいつが帰ってきたら、ヨーロッパの話をするんだとおっしゃって。
