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覚えておきたい言葉:
スルタンの本陣では、集まった将たちを叱るサラディンの姿があった。戦場から逃走するとは、おまえたちのスルタンの名誉を汚したことになる、と言って非難したのである。各地方から集まってきている太守で成る将たちは、それには一言もなく頭をたれたままだったが、その中でアレッポの太守だけがサラディンに反論した。
「スルタンの非難は妥当ではありません。まず何よりも、キリスト教側の将兵たちの甲冑は強堅で、矢も剣も槍さえもはね返してしまう。
だが、それよりもわれわれにとって手強かったのが、一人の騎士の敢闘ぶりでした。その騎士は常に最前線に立ち、馬上自らわれわれの騎兵をなで斬りにするだけでなく、剣を右手に左手だけで馬を駆りながら、戦闘の始めから終わりまで味方を叱咤激励しつづけたのです。
この騎士一人でどれだけの数のわが軍の兵士たちを倒したかだけでもたいした男だったが、剣を手にしながら最前線を縦横に疾駆してやまないこの騎士こそが、戦闘の行方を決したと言ってもよい。獅子の化身かと思わせるこの勇気ある騎士に、兵士たちは『メレク・リチャード』と呼びかけていましたが」
このとき以来、であったという。リチャードが、「獅子心王」と呼ばれるようになったのは。
◇
ローマ法王は太陽で皇帝や王たちは月、とは思っていても、その太陽は、軍事力を持っていなかったのである。
そして、軍事力を持たない組織の長というだけでなく、この「太陽」には、学校秀才にはしばしば見られる欠陥もあった。
それは、挫折を経験したことのない人の常で、自分のやることに疑いを抱かないためか、自分とは異なる発想をする人の真意にまで想像が及ばないのである。
◇
「まず最初にヴェネツィアの市民、次いでキリスト教徒」などということを平然と口にしていたヴェネツィア人だ。ローマ法王が、「自分はどこの国でも法王だが、ヴェネツィアでだけは……」と嘆くのは無理はなかったのだった。
しかし、西欧キリスト教世界が一丸となってイスラム世界に当たるようなときは、ヴェネツィア共和国は迷うことなくキリスト教側についている。中立とは、時と場合によっては致命的な害をもたらす、とわかっていたからだろう。ただしそれは、キリスト教徒全員が一丸となった場合であって、そこまでいかない場合では国益最優先で判断し行動したのも、同じヴェネツィア人なのであった。
◇
出身は奴隷でも兵士になった段階でイスラム教に改宗した者はマメルークと呼ばれていたが、バイバルスもこのマメルークの一人であった。
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マキアヴェッリだったかグイッチャルディーニだったかは忘れたが、この時期より二百年後に生きるルネサンス時代のイタリア人は言っている。
「現実主義者が誤りを犯すのは、相手も自分と同じように現実的に考えて愚かな行動には出ないだろう、と思いこんだときである」
この時期のアッコンの命運をにぎっていたのは、アユーヴ朝のスルタンではなく、マメルーク朝のスルタンであった。
◇
聖堂騎士団に対する裁判は、カトリック教会と王が組んでの「でっちあげ裁判」という点で、この一世紀後に起こるジャンル・ダルク裁判と双璧を成すと言われている。
ジャンル・ダルクのほうは近年になって、ローマ法王庁は名誉を回復したばかりか聖女にもしたが、聖堂騎士団に関しては、今なお知らん顔をつづけている。
◇
ローマ法王は、神の地上での代理人、とされている。神の意を信徒たちに伝える人、と思われてきた。神は誤りを犯さないのだから、その意を伝える人も誤りを犯さない、というわけだ。十六世紀になってルターがそれに疑問を呈するまでは、少なくともそうとされてきたのだった。
結局は失敗に終わった十字軍遠征も、それを望みそれを煽動した神や法王に責任はなく、失敗の責任はあくまでも、神への信仰が充分ではなかったためにその実行のしかたを誤った、人間にあるということになる。聖堂騎士団に対する告発も、この考え方に立っていたのだった。
ゆえに、ローマ法王が責任を問われることは絶対になかったのだが、ではなぜ、法王たちの権威は失墜したのか。
結論を先に言えば、一方だけを強くしてしまったからである。ローマ法王には、自分で動かせる軍隊がない。それで十字軍も王侯に働きかけることで実現に持っていったのだが、このような立場にある人や組織が心しなければならないのは、常に複数の選択肢を合わせ持つことで、どちらか一方だけを強力にすることではなかった。
中世ヨーロッパの大国は神聖ローマ帝国とフランス王国だったが、皇帝フリードリッヒへの敵愾心に燃えるあまり、神聖ローマ帝国の弱体化に熱中してしまったのである。フリードリッヒは戦闘巧者でもあったから彼の存命中はつぶせなかったが、その息子の代になったとき、法王主導によるホーエンシュタウン王朝の壊滅は成功する。だがこれは、ライヴァルのいなくなったフランスの王の力の強化を助けることにしか役立たなかった。
イギリスは、まだ弱体だった。スペインは、イスラム教徒相手の「再征服(レコンキスタ)」で手が離せない。イタリアは、多くの都市国家に分立していて、イタリアという国すらなかった。その中で、国内の有力諸侯たちが十字軍に遠征しては死んだ後を次々と直轄領に加えていた、フランスの王権が強くなったのも当然である。事実、フランスの中央集権化は、十字軍の終焉から始まる。
1303年、一時的にしろローマ法王が、フランス王の兵士たちに捕われるという事件が起こった。その年から、ローマ法王がフランスに行ったままになるまで、三年と過ぎていない。ローマ法王の権威の失墜を象徴する「アヴィニヨン捕囚」の、始まりであった。
感想など:楽しみに読んでいたシリーズが終わった(ローマ人の物語より起伏があって面白い)。前にも書いたが、この時代の知識が薄かったので非常に勉強になった。頭の中にあるヨーロッパ各国のそれぞれの歴史が横糸で結ばれ、すっきり。
しかし、十字軍の歴史はいい意味でも悪い意味でも「政治と宗教が一体になるとロクなことがない」「聖戦やらジハードやらで、宗教は時に呆れるくらいの規模の無駄な死を求める」「それぞれの国、人の己の大義やら利害で歴史は予想外な方向に動く」ことがわかります。
どちらかというとキリスト側からの視点で描かれてますが、何度も何度もイスラエル奪還のチャンスがあるのに、聖職者が邪魔したり、司令官が馬鹿だったり、指揮系統がバラバラだったり、遠征中に本国で寝返りがあったり、不可侵条約が侵されたり、船が嵐に飲み込まれたりでトータルで失敗します。
読後、「やれやれなんでこんなことに」と思いますが、歴史はそういうものなんでしょうね。まぁ、物語としては無類に面白かった。
